第4回人間情報学会定期講演会(奈良)
ポスターセッション報告

 第49回WIN定期講演会/第4回人間情報学会定期講演会(2010年9月10日、奈良女子大)では、人間情報学会として初めてポスターセッションを企画し、10件の投稿があった(表1 本ページ下部)。
 ポスター発表は、講演会に先立ち午前10~12時に行われ、多数の人が集い活発な議論が展開された。
 発表の分野は神経、心拍・脳波等の生理計測から認知や感情まで広い分野におよび、人間の行動に関わるミクロからマクロの現象を幅広く扱う人間情報学会に相応しい内容であった。以下に今回発表された内容を簡単に紹介するとともに、今後の人間情報学会として期待される研究の方向について考える。

日常の行動や感性の研究
 日常生活環境の中での人間の行動に関わる研究が発表された。まず、屋外での人間の行動をレンジセンサやパターンマッチングの手法を使って解析する手法が発表された。公共施設をはじめとする多くの建築物内では避難誘導という安全面のほかにも快適な空間を創出するため、人の流れは重要な因子であり、これらの技術はその基盤技術となることが期待される。また、視聴覚障害者の誘導も安心安全なまちづくりに重要な課題であり、今後医療福祉領域の研究者との連携により社会実装されることが望まれる。
 人の行動という観点では、モーションキャプチャによる歩行の問題を取り上げた研究の発表もあった。このような研究は運動器リハビリテーション領域やスポーツ選手育成を担務するスポーツ医学領域でも関心度が高い。また、姿勢と健康という観点からも斬新な研究領域であると位置付けられ、今後の発展が期待される。
 一方、人の感性・感情に関わる研究もいくつか発表された。ロボットによる触感表情の表出は、コミュニケーション科学上重要な情報の送り手と受け手の相互作用に触れるものである。神経科学分野でも、ものまねに関わるミラーニューロンが幼児期の学習だけでなく、コミュニケーション能力の発達に重要な役割を果たしていることが仮説として出され大きな注目を集めている。今後、人の心を理解するロボットの創出などにも繋がる技術として、今後の研究の発展が注目される分野である。
 「化粧とQOL」という研究は、感性・情動の範囲を超え、人間の自己実現などにもかかわる重要な問題を提起したといえる。化粧の生理作用という点でこの研究は、皮膚は全身の細胞免疫の最前線でもあり腸管免疫系とも相関し、人間の健康のひとつの指標となり得る。従来から多くの研究が報告されてきた分野である。しかし、そのような生理学的な作用機序とは別に、「化粧」は女性と社会との関係の象徴と考えられ、精神医学の領域で「化粧療法」として、化粧とQOLとの関係が盛んに議論され、また医療施設での応用も世界的に進むようになっている。とくに、老人施設で暮らす女性高齢者の心身の健康に役立てられようとしているだけに、今後、客観的なQOL評価法の確立によって、当該分野の研究が発展することが期待さる。

工学・医療分野に向けた研究
 工学や医療といった分野にアウトカムを想定している研究も発表され、人間情報学会の裾の広さを特徴づけるものとなっている。
 たとえば、ロボット制御の高度化を狙いとするヒトの感覚器官を特徴づける神経信号処理機構に関するいくつかの研究が発表された。これらの技術は将来、感情・感性にかかわる基盤技術とともに人の心を理解するロボットの創出など、革新的な技術に繋がるものと期待される。
 医学・医療の分野の発表では、胎児心拍モニタリングがある。胎児心電・心拍モニタリングは、産周期の妊婦の安心安全確保に必用な技術である。と同時に、胎児の先天性心臓疾患をいち早く見つける手段としても期待されるため、盛んに研究が進められている分野である。母体の強い心電から微弱な胎児の心電を分離するのは難しいが、今後の研究の進展が注目される。
 高次脳機能障害のリハビリテーションという観点から、表情についての研究課題が発表された。ここでは神経科学の視点から、情動がどのように表出されまた障害されるのかが議論された。工学と医療という分野が一つの共通点(ここでは表情の理解と表出)で結び付く典型例であり、人間情報学会を特徴づける一つの発表と考えられる。
 この発表者は、言語聴覚士でリハビリテーションを実際に実践しまた教育をしている研究者であり、発表後に以下のような感想を寄せている。「リハビリテーションに直接的に関与されていない皆さまからの、率直なご意見をいただけました。外国語話者が日本語を習得する時のアクセント調整の困難さについて、お話しくださる方もいらっしゃいました。ピッチを含めた抑揚の効果的な訓練は、高次脳機能障害によるコミュニケーション障害だけでなく、日本語習得を目指す人にも必要とされているものなのだと感じました。右脳と左脳の働きについて、男女の差、動物の種による差、利き手による差の有無についての質問もあり、興味をお持ちになるところが、私が上手く整理しきれず逃げようとしていたところだと痛感しました」(神戸大学・今井氏)。」

ポスター発表論文を募集
 人間情報学会では、今後も講演会と併設してポスター発表論文を募集し、幅広い分野からの参加者とともに活発な議論を行う場を提供していく予定である。
 このような場を通じて、多彩な視点から研究の課題を議論することができ、それがよりよい研究に繋がるのではないかと期待している。このような場を経て出てきた研究の成果は、社会でも有用あり、また質の高いものであると思われる。
 このような研究を原著論文としてとりまとめた『人間情報学会誌』の創刊を現在目指している。
 12月20日に東京大学・山上会館で開催予定の第5回人間情報学会講演会でも、ポスタープレゼンテーションとしては第2回目となる企画を予定している。研究者・技術者の皆さまには積極的な論文の投稿をお願いするとともに、活発な議論の場をつくれるよう幅広い分野からの積極的な参加を期待している(人間情報学会理事・戸辺、片桐記)。



表1 第4回人間情報学会ポスタープレゼンテーション投稿論文一覧
著者 所属 タイトル
生形 徹 1,
モロ アレッサンドロ 2,
星川 佑磨 1,
有江 誠 1,
寺林 賢司 1,
梅田 和昇 1
1 中央大学/
 JST CREST,

2 University of
 Trieste /
 JST CREST
差分ステレオを用いた複数人物のセグメンテーション
松井 優,
岩本 健嗣,
松本 三千人
 富山県立大学 画像マッチングによる位置特定手法に関する研究
今井 絵美子 1,
片桐 祥雅 2,
関 啓子 1
1 神戸大学,
2 情報通信研究機構
プロソディ表出とその障害に対する神経科学的アプローチ
片桐 祥雅  情報通信研究機構 ウェアラブル多チャネル脳波センシングシステムの構築と応用
相田 一夫 1,
片桐 祥雅 2
1 静岡大学,
2 情報通信研究機構
拡散方程式に基づく抑圧結合型神経回路の理論と実験検証
秋川 優子 1,
菰田 夏樹 2,
菅沼 克昭 2,
牧野 泰才 3,
前野 隆司 3,
才脇 直樹 1
1 奈良女子大学,
2 大阪大学,
3 慶応義塾大学
ヒトの指を考慮した新型触感センサの開発
八木 美沙帆 1,
鈴木 遥香 1,
森 麻理子 1,
坂尾 要祐 2,
山口 智治 2,
才脇 直樹 1
1 奈良女子大学,
2 日本電気
胎児心拍計測が可能な妊婦用腹帯の開発
石川 真帆 1,
高岡 幸二 2,
才脇 直樹 1
1 奈良女子大学,
2 DSR
女子大学生によるオリジナル化粧品開発とQOLに及ぼす効果
岩田 美穂 1,
石黒 浩 2,
才脇 直樹 1
1 奈良女子大学,
2 大阪大学
ファッションモデル及びバレエ既習者の三次元歩行動作計測と特徴抽出
浅田 真奈 1,
石黒 浩 2,
才脇 直樹 1
1 奈良女子大学,
2 大阪大学
触感アンドロイドの表情についての検討




写真1.講演会の会場(左手ボードに午前の部のポスターが掲示されている)



写真2.ポスタープレゼンテーション会場